ハンニバル像

 ハンニバル戦記の中で、ハンニバルの活躍が見られるのがこの第4巻である。
 ハンニバルの素晴らしさは、数え切れない。将軍として、多くの会戦に勝つのみならず、ローマの同盟関係の切り崩しを狙う戦略眼、戦闘に勝っても浮かれない自制心、多くの兵士の心をつかみ厳しい行軍を続けるカリスマ性、そうしたハンニバルの魅力と活躍が全て見られる。

 単なる戦争が強いだけの将軍ではないのである。また、ラッキーでたまたま大勝ちした将軍ではないのである。周到な準備と適切な行動を粛々と行い、その結果勝利する。原因と結果が一致する、名将という名にふさわしい人物なのである。

 それに対するローマ側は、社会の仕組みでハンニバルに立ち向かった。カルタゴ側がハンニバルという個人の才能をぶつけてきたのに対して、ローマ側はこれまで着々と築き上げてきた社会の仕組みによって対抗した。

 確かに、ローマ側も終盤にはスキピオというハンニバルに伍する才能を見いだした。しかし、それまでの間ローマを支え続けたのは、ローマの社会の仕組みそのものである。古代ローマを象徴する「敗者同化」によって、周囲との同盟関係は強固であった。また、ハンニバルに挑む数多くの執政官が登場できるのは、ローマの人材の厚さというよりも、執政官を選出する社会の仕組みが、自然と層を厚くさせたと言えるのではないだろうか。ハンニバルにやられてもやられても何度でも立ち上がるのは、まるでゾンビである。ローマ社会の底力が遺憾なく発揮されたと言える。
 
 さて、ハンニバルが名将であるのは間違いないけれども少し考えてしまうのは、ハンニバルの存在がカルタゴの滅亡を早めてしまったのではないかと思う事である。何というか結果論なのだけれども古代中国などの考えからすれば、「百戦百勝するは、善の善なるにあらず」「兵は拙速なるを聞くも、功久なるをみざるなり」と、『孫子』は言及している。
 
 そうすると、ハンニバルは勝ちすぎたし、長く戦いすぎた気もする。それで、カルタゴはローマに完全に憎まれてしまって、あのように滅ぼされてしまったのではないだろうか。まあ、もしハンニバルがローマを滅ぼしていたら、そんなことも言えないのであるが。
 ちなみに上の像は、フランスの彫刻家セバスティアン・スロッズ(1655~1726)によるハンニバル像である。